価格:1,814円 |
日曜日を有意義に過ごすための物語に案内するモーニングストーリー。今週はデビュー10周年を迎えた、「イヤミスの女王」こと湊かなえの最新作「未来」を取り上げます。
Contents
あらすじ
主人公の章子は10歳の女の子。ある日、自宅の郵便受けに手紙が届く。差出人はなんと20年後の未来の自分。大好きだったお父さんを病気で亡くして落ち込んでいる章子を励まし、光が差す未来が待っていることを伝えてくれる手紙だった。「誰かの悪戯」かと思ったいたが、そこには20年後でなければ手に入らないはずのもの…オープンして10年目の人気テーマパークの「開園30周年記念」とプリントされた栞が入っていた。それを見て章子は「もしかしたらこれはホントに未来の私が書いてくれたものかもしれない」と考え、その日から返事を書くことに。どこに出せば届くのかも分からない未来の自分への手紙。それは章子にとって日記に近いものだった。
解説
成績は優秀だがおとなしくて友達も少ない章子は特殊な家庭に育っていた。母親は精神を病み、家にいても家事は一切できず日がな一日ただぼーっとしているだけ。たまに調子のいい日はマドレーヌを焼いてくれる。そんな母を父はガラス細工を扱うように大切にし、炊事も洗濯も掃除もすべてをやってくれていた。しかしその父が癌で他界し、まだ小学4年生の章子が母の面倒を見なければならなくなる。まともな社会生活を送れない母の様子を見かねて、担任になった若い男の先生が何かと面倒を見てくれるようになったが、その先生が実は母のことを「恋愛対象」としていたり、そんな家庭にいる章子を同級生がいじめ始める小学生時代。そしていじめがさらにエスカレートして不登校になり、母親はひどい男と再婚するという波乱の展開が待ち受ける中学時代まで、大人の自分にあてた手紙は繰り返される。物語の前半はそんな章子の「手紙」という形で彼女を取り巻く日常がつづられる。
その後、物語は他の主人公の視点に切り替わる。弟に対する父親の激しい虐待に悩む女子中学生、大学時代、お金に困り、過ちを犯してしまった女子大生、イケメンだが性格が悪いクラスメートとどういうわけだか親しくなってしまった男子高校生。この3人の身に起こる数々が一つずつ描かれるが、3つのエピソードは時間軸がバラバラになっている。いつの時代の話が語られているのか、その辺の整理は後回し。とにかくどれも大変刺激が強い。読んでいて辛くなるかもしれない。しかし読む手を止めることが出来ない。それぞれの話が前半の章子の話と密接に関わりを持ってくる。どういう風につながるのかはそれぞれのエピソードを読み始めてすぐに分かる。章子の友達の話であったり、先生の話であったり。ただなぜ3回も主人公を入れ替える必要があったのか、それが最後まで読まないと分からないという仕掛けになっている。最終的には章子の家庭がなぜそのようないびつな形になってしまったのか、そして冒頭の未来からの手紙というのが何で、どんな意味があったのかという種明かしがされる。その構成のテクニックに作者の技量が見える。やっぱりこの人の長編はうまいです。
湊かなえと言えば、「イヤミスの女王」なんて言われていますが、全編を通して悪意のフルコース。腹が立ったり悲しくなったりで進んでいくが、この話を最終的にハッピーエンドに持っていけるところがすごい。なるほど、この読後感のためにこういう構成にしてあったのね。
絶望的な暗い体験の数々、その一つ一つを順番に並べると20年後の自分がくれた手紙に書いてあった通り、確かに少しだけ明るい光の差す未来が待っていた。刺激の強いストーリー展開、一人称による独特の文体、そして構成の巧みさ。デビュー作「告白」で一躍人気作家の仲間入りを果たした湊かなえ、10年目の集大成と言える傑作。この衝撃を、ぜひ。